暖簾分け店主【総大将 玉井靖浩】

○前職は?
19歳からの5年間、佐川急便で働いた後、しばらく実家の商売(衣料の製造)を手伝っていました。

○転職した理由は?
実家の商売が廃業となったのがきっかけです。 廃業の後、私は屋台を始めたかったのですが、飲食業界にはあまり詳しくありませんでした。 飲食業界のノウハウを働きながら学べたら…と思い、半年頑張るつもりで飲食業界に転職する決意を固めました。

○なぜ塩元帥を選んだのですか?
求人誌に載っていた“塩と醤油に自信有り”というキャッチに惹かれました。

自らの味に絶対的な自信を持っているこのお店なら、自分が将来独立して成功するために必要なモノ・コトを必ず教えてくれるはず… そう考えたのです。

実を言うと、塩元帥を応募させていただく前にも2店舗ほど違うラーメン店を経験いたしました。

しかし、いずれのお店も、個人経営の小さなお店から大きな会社へと変わっていく過渡期にありました。

その時の私は、大きな会社の組織に属しながらラーメン店を経営するのではなく、小さなお店を自分で経営するためのノウハウが欲しかったの で、

前の2店は退職させていただくことにしたのです。 その時ちょうど求人誌に載っていた塩元帥は、まだ総大醤のみで経営されている時代でしたから、私の求めるものに近かったのです。

応募のきっかけは?
グルメキャリーです。
私がお世話になり始めた頃は、ホームページなどは無かったため、求人誌の情報のみで応募いたしました。

修行時代はどのような感じでしたか?
飲食未経験からのスタートでしたが仕事内容は決して難しい内容ではないし、 自分がやりたいと思った仕事だったので、どんな仕事も楽しく充実感で一杯でした。

店長時代の苦労したことは?
苦労と思ったことは殆どありませんが、スタッフとの関係においてはひとつだけあります。

店長時代、私は最高の商品をお客様に提供することのみに没頭しすぎていました。

そしてその本気度がお客様にも伝わるよう、緊張したぴりぴりした感じを醸し出していました。

スタッフに対しても、自分と同じ考えを求め、ただお客様の方だけを向いて仕事をしていました。

しかしあるとき、私が信頼していたスタッフが、私のことをあまりよく思っていないことを知ってしまいました。

私自身、仕事に対して真剣に取り組み、スタッフに対しても良い仕事が出来るように最善を尽くしていたつもりなので そういった負の感情を私に向けられていることに愕然としました。

正直、とても腹が立って仕様がなかったのですが、この時に大将(高橋社長)に相談いたしました。

大将から、“その結果は人のせいではなく自分の責任だと考えるように”と言われました。

正直、この一言で色々なものの見方が変わってきました。

店というのは、お客様だけを見るのではなく一緒に働くスタッフの幸せも見なくてはいけないのだと。

全ては自分の鏡であって、周囲を変えるためには自分を変えなくてはならないのだと。

今は、スタッフの気持ちを感じよく話しを聞き、皆が相談しやすいように出来る限りやわらかく接するように心がけています。

もちろん、人の気持ちを感じることなく生きてきた歴史がありましたので、一朝一夕に変わっていったわけではありませんが 変わっては少し戻ってを繰り返しながら

今では、人としても随分と成長できてきたと思っています(まだまだですが)。

自分自身が塩元帥で成長した部分は?
先にも書かせていただいたように、人への接し方が大きく成長したと思います。 恥ずかしい話、10代のころから数年前までは、自分自身の経済的な成功が中心軸でした。

しかし、大将と一緒に働き始め、色々なことを学ばせていただくにつれ、 経済的な成功ではなく、”人に喜ばれる人になりたい”という方向に軸が変わりました。

総大醤を含む塩元帥グループの教えが長い時間をかけて自分自身に染み込んできた結果だと思います。

※この意識の変化は仕事だけではなくプライベートにも波及し、普段から怒らなくなり、 言動などが大きく変わったと周囲からは言われるようになりました。

人間関係、人材教育で驚いたことは?
私は塩元帥が今のような大きなグループになる前から属していますので、 全てを当たり前だと受け止めて来ましたが、

人間関係が良好で、本気で人間力を高める努力をしているということは、世間から見ると驚きなの かもしれません。

味へのこだわりで驚いたことは?
味の徹底的な再現性を求めて調味料などを1g単位で正確に計量していること。 本当に良いものを提供するためには、この意識が大切なのだと思います。

暖簾分け店主になることで生じた苦労は?
お客様数に対するプレッシャーが強くなりました。 やはり、自分の店を持つという責任は重いのだと実感いたしました。

暖簾分け店主になることで生じた気持ち・行動の変化はありますか?
経営者になって感じた事はスタッフの人生を背負っている責任です。 その責任を感じながら仕事をさせて頂いている今の環境に感謝したいです。

今は僕と一緒に働いてくれているスタッフが、この店に入店して良かった、 毎日が充実感で一杯だと感じて頂ける環境を作る事が目標です。

僕が大将に店を譲って頂いたように僕も今一緒に働いてくれているスタッフに店を譲れるレベルの人間になる事が目標です。

暖簾分け店主と通常の独立開業の違いは?
暖簾分けの良い所は、失敗する可能性が限りなくゼロに近い安心感です。

また、暖簾わけをうたっていても自由度が少ないケースが多いこの業界で 塩元帥グループは自由度が高いという特徴があります。

総大醤の経営者をさせて頂きながら自分自身の新しい味でラーメン屋を出店しても良いと言う環境、 目標を与えて頂いている事に感謝です。

暖簾分け店主になったあと、株式会社全力との付き合いはありますか?
もちろんあります! 暖簾分け店主になったからといって、私の勉強が終わったわけではありません。

会議にも参加させていただいたり、独立したオーナーが集まる食事会に顔を出すようにして、 日々勉強させていただいております。

先々の夢はありますか?
自分ブランドの店を一から創りたいと思っています。 ラーメンに関しては総大醤で十分やりきっていますし、総大醤は今後、店舗を増やしていく予定は今のところありません。

なので、ラーメンとは異なるジャンルの店を出して、実力を試してしてみたいです。 また、違う角度からの夢がもうひとつあります。

それは、大将が私にしてくださったように、私も新しくチャレンジする人達のために何か貢献できれば…と考えています。

これからチャレンジされる方へのメッセージ
自分の気持ちを本気にするだけで大きく人生が変わります。

”本気”が成功のキーワードですので、熱く一気に進んでください! 今からプロスポーツ選手になれ、医者になれ…など、無茶なことを言っている訳ではありません。

仕事に対して”やる気・本気”を持つ、ただそれだけです。 たったそれだけで、あなたの人生が大きく変わります。これ、本当ですよ。

頑張ってよかったですか?
良かったです。 先程も言いましたが、本当のところは飲食店経営のノウハウが学べたら、その段階(予定では半年でした)で店を辞めるつもりでした。

しかし、大将が優しく親切に(時にはとても厳しく)私のことを私以上に真剣に考えてくださるものですから、

いつしか自分の心に”必ずこの人のプラスになってから辞めよう!”…そういった気持ちが芽生えたのです。

その気持ちが、私の”やる気”にさらに拍車をかけました。 その頑張りの成果が、今のこの”暖簾分け店主”という立場に表れているのだと思っています。

大将はどんな人ですか?
他の人が見落としがちな、とても細かいところまでしっかりと見ることができる方ですね。

また、社長というよりも道徳を追求する人です。 入社当初、廃棄・ロスを無くすことや1円の重要さを切々と説いておられましたが そのことが商売を成功させる鍵であると、

独立した今は見にしみて分かります。 当初から、経営のイロハから人間としての部分をしっかりと教えてくださったことは感謝しても感謝し切れません。

私の親も良い人とめぐり合って奇跡といってくれています。 大将に伝えたいことは、心から”ありがとうございます”という言葉です。 そして、これからも宜しくお願い致します。